笑いのセンス~笑いのセンスは身につけられる~

笑いのセンスとは何なのかについて研究した結果をまとめました。



笑いのセンスとは
~天才や一流芸人について~

笑いのセンスって何かということについて考察してみました。生まれ持ったもの(才能)なのか、後天的に身につけるものなのか。周りでも笑いのセンスがあるなって人がいます。その人達はもともとセンスがあったのか..。

ダウンタウンの松本は笑いの天才とか言われたりしていますが、一流芸人のような笑いのセンスって何なのか?

 私が導き出した結論は。

・一流芸人みたいなプロや天才は「好機」「才能」「向き合い量」からなる。

 

・周りでおもしろい人って程度ならどれか1つ、少しあれば誰でもなれる。

以上の話を私はこういう理由から導き出したということを取り上げていきます。ちなみにこのブログはあくまでも私の経験上学んだことや独断と偏見により記載しています。

松本人志のような笑いの天才はどのようにしてなれたのか、そもそも世の中の天才や一流の人達はどのようにそうなったかについてみていきます。

このことについて考察するのに、天才について記載された「天才!成功する人々の法則」の本が参考になったので、本の内容を取り入れながら、「好機」「才能」「向き合い量」について一つずつ確認します。

1.(1)好機の話

お笑いのプロである一流芸人になるような人達には「好機」があります。

そもそも「好機」ってのはどういったことなのか。

まずは笑いの天才、センスがある人には好機があったからという話を書く前に、世の中の天才や一流と言われている人達は共通して「好機」が必ずあるので、そのことから取り上げます。

カナダのプロのアイスホッケー選手の話から一流になる人の好機について理解する

プロや一流になれるのは才能があるからと思われがちですが、まずは「好機」があったからと言うお話です。

これついて理解するのに、「天才!成功する人々の法則」の本で書かれているアイスホッケー選手の例がわかりやすいので以下に取り上げます。

カナダのアイスホッケーは実力世界で、大勢の少年が幼稚園に入る前の“初心者”レベルから練習をはじめる。その頃から年齢ごとのリーグがあり、選手は各レベルでふるいにかけられ、才能のあるものだけがえり抜かれて次のレベルを目指していき、トップ中のトップがプロになれる。

しかしプロチーム選手の誕生日を見てみると、1月生まれが一番多く、二番目は2月、三番目は3月生まれが多い。

なんでこんな偏りが生まれるのか?

カナダでは同じ年齢の少年を集めてクラスをつくる場合、年齢を区切る期日を「1月1日」にしているから。

ある少年は1月2日に10歳にあり、別の少年はようやく同じ年の暮れに10歳になる。

世界でも特にアイスホッケーの熱が高いカナダでは、監督は遠征にでかける代表チーム、オールスターのメンバーを9歳か10歳で選びはじめる。

だから、身体が大きく、器用な少年を才能ありとみなしがち。それは成長する時間をより多く与えられた少年たちってこと。

代表メンバーに選ばれると、よりよい指導を受けられ、より強いチームメイトに恵まれ、より多くの試合を行える。

最初のうち、少年の優位点は、優れた資質を持って生まれたことではなく、生まれが少々早かっただけ。

しかしそのことから、良い環境に身をおくことができ、熱心な指導と人より多い練習量のおかげで、本当に優れた選手になり、より上手くなれる。

同学年でも早く生まれる→成長する期間が長い→体が大きく選抜メンバーに選ばれる可能性が高まる→より良い環境で練習できる。→上手くなる

ということです。

日本でも同学年だったら、4月生まれと3月生まれだと約1年ほど違いますね。

1.(2)笑いのセンスがある人の「好機」について

笑いのセンスがある人のちょっとした優位点、好機は何かということを考えてみました。カナダのアイスホッケー選手は誕生日でした。

そしたら誕生日で見てみましょう。

ビートたけし1月、志村けん2月、島田紳助3月、上沼恵美子4月、ダウンタウン浜田5月、フット後藤6月、明石家さんま7月、タモリ8月、ダウンタウン松本9月、とんねるず石橋10月、オール巨人11月、笑福亭鶴瓶12月。

ばらばら・・・笑いのセンスに誕生日は関係ないでしょう。まんべんなく各誕生日からあげましたが。

では、お笑いの街大阪というぐらいなので、笑いのセンスに少し関係してそうな出身地でみてみます。

さきほどあげた人を出身地別。

ビートたけし→東京、志村けん→東京、島田紳助→京都、上沼恵美子→兵庫県、ダウンタウン浜田→大阪(育ちは兵庫)、フット後藤→大阪、明石家さんま→和歌山(育ちは奈良)、タモリ→福岡、ダウンタウン松本→兵庫県、とんねるず石橋→東京、オール巨人→大阪、釣瓶→大阪

比べるならもっと多くの芸人を見ないといけない。調べていたら、以下お笑い芸人出身都道府県みたいな記事がでてきました。

http://www.idea-sense.com/entry/2016/02/18/210000

どこまでの調査なのかわかりませんが、これによるとお笑い芸人は関西、特に大阪が多いとされています。他の記事でも同様なことを書いているのは見かけました。

もちろん他の都道府県に比べての人口が多いという絶対数もあるから、一概には言えません。

しかし、お笑いの街などと言われ、笑いを意識するきっかけがあり、それによりお笑いセンスを磨こうとし、おもしろくなるということは考えられますが、大阪人だからといって、おもしろくはない。全くおもしろくない大阪人は見てきたし、他の都道府県でおもしろい人は大勢いるので、出身地は大きな好機ではないです。

笑いを意識する、センスを磨こうとするきっかけがあったかどうかが大きい。

ちょっとした好機というのは「笑いを意識し出すきっかけ」です。

だから生まれた出身地よりも、もっと周りの環境の方に影響があります。

笑いのセンスが磨かれる好機はきっかけと周りの環境

笑いのセンスが磨かれている人の好機というのは、笑いに目覚めることとなったきっかけや周りの環境が影響します。

ダウンタウン松本

小さい時すごく貧乏で何もなかった。だからおもしろいこととかを自分で考えた。


「あれは、確か小学校の二年生ぐらいのときだったと思うが、おやじが花月(吉本の演芸場)のチケットを会社でもらって来た。漫才、落語、吉本新喜劇、それこそ毎月のように家族で見に行った。

そうすると、目も耳も肥えてくる。テレビと違い、生で客の反応を見ているので、「はは~ん、こいつらこのネタは受けているが、他のネタはもうひとつかな」とか、子供心にも分かってくるものだ。」

松本著「遺書」より引用

もし、松本が金持ちの家に生まれ、欲しいものをなにもかも与えられていたら、特にお笑いに目覚めることはなかったかもしれません。

父親が花月のチケットを会社でもらって来るような人ではなく、勉強熱心な教育パパだったらもっと違うまじめな松本人志になっていたかも…

相方の浜田と出会わなければダウンタウンは結成されておらず、笑いの追求はしていなかったかも…。

どっちにしろ何かのきっかけで笑いに目覚めていたかもしれませんが、松本は早くにお笑いに目覚め、どんどんセンスが磨かれていきました。

好機があったことにより笑いのセンスが磨かれ始める

笑いのセンスがあると思ってた人達もちょっとしたきっかけ等から、笑いを意識しだし、笑いについて考え、結果としてセンスが磨かれていきます。

その人の家族がおもしろい、親がお笑い好きでよく漫才、漫談、ライブを見に行ってた。友達からおもしろいなーと言われた。等々

→お笑いが好きになる。周りを笑かす側になる。

→他の人よりお笑いについて意識する

→お笑いのセンスが磨かれる

→笑いのセンスがあるおもしろい人

逆に

友達からおもしろくないと言われた。特に笑いに興味がなかった

→自分はおもしろくないやつだと思ってしまう。笑いなど考えない

→笑いのセンスが磨かれない

→笑いのセンスがないつまらない人

だからいかに笑いを意識するきっかけ、環境にあったかってこともこの本でいうところの好機です。

一流芸人の子供がおもしろいか?一流芸人の子供が全員おもしろくはないです。才能を受け継ぎおもしろいというのは違い、その面白い親を見て育つから、小さい時から笑いのセンスに磨きがかかります。もし才能ある親の子供が双子として、1人が別の全く知らない人に育てられたら、環境、育て方から全てが違い、おもしろさも違ってきます。

笑いのセンスがないっていうのは勘違い。センスをつけてこなかっただけです。

 

センスがなければ、つければいい。

By さいきょう ゆき

2.才能

好機について書いたところで、次は「才能」について書いていきます。



先ほど書いた本のアイスホッケー選手の話に戻ります。

生まれつきの才能というものはあるのか?

カナダは学年を1月で区切っており、同学年でも生まれが早いやつ→成長する期間が長い→体が大きく選抜メンバーに選ばれる可能性が高まる→より良い環境でできる→上手くなる→プロになる可能性が高まる。だからプロのアイスホッケー選手に1月生まれが多いと記載しました。

「生まれつきの才能はあるのか?」

答えは明らかにイエスだ。1月生まれのアイスホッケー選手が、みんなプロになれるわけでない。一部の選手、つまり生まれながらの才能に恵まれた者だけだ。成功には才能プラス訓練が必要だ。

ということが「天才!成功する人々の法則」の本に記載されています。

笑いの才能について

私は生まれつきつきおしゃべりタイプでない。物心つく前からしゃべらないタイプの人間だった。よく騒ぐ幼稚園児とかいたが、私は無口の幼稚園児だった。だからさんまみたいにお笑い怪獣になることは絶対にありえない。そもそも目指しておりませんが。

人それぞれ性格があるが、さんまはお笑い怪獣となる才能を持って生まれました。

島田紳助
島田紳助がM1を作ったとき、お笑いには期限がないから、コンビを組んで10年たっても目がでないやつは諦めてもらえればということで10年という期限を儲けた。M1出場にはコンビ結成10年という
期限を設けて、それでも結果が出なければ芸人という道を諦められるようにきっかけを作ったと。

紳助は笑いの世界は才能だと言っています。


結局お笑いは、そいつの才能以外のなにものでもない。

松本著:「遺書」より

松本人志もそう言っている。

毎日必死に練習に取り組んだという野球少年が必ずしもプロにはなれない。一流になるのは誰もがなれる訳でない。

お笑い芸人も圧倒的に取り組んだからと言って全員が一流芸人になれるわけではない。テレビに出れる芸人の席はイスとり合戦だ。そのイスは一流芸人がぶんどっていく。

残念ながら生れ持った才能というのは必ずある。

超一流のやつは絶対才能あり。

By さいきょう ゆき

3.向き合い量について

 

次は「好機」「才能」「向き合い量」の内の「向き合い量」についてみていく。

 

才能について記載した本の内容にはまだ続きがある

「生まれつきの才能はあるのか?」

答えは明らかにイエスだ。1月生まれのアイスホッケー選手が、みんなプロになれるわけでない。一部の選手、つまり生まれながらの才能に恵まれた者だけだ。成功には才能プラス訓練が必要だ。

→ここからが続き。だが、そのような考え方で問題となるのは、心理学者が才能のある人間の経歴を調べれば調べるほど、持って生まれた才能よりも、訓練の役割がますます大きく思えることだ。

このことについて、再度「天才!成功する人々の法則」の本で書かれている例をとりあげる。

一流になる人の一万時間の法則について

1990年代はじめ、心理学者のK・アンダース・エリクソンがある調査を行った。

ベルリン音楽アカデミーの二人の教授の助けを得て、アカデミーで学ぶバイオリニストを三つのグループに分けた。

1.スターのグループ=世界的なソリスト(演奏者)になれる可能性をもつ学生。

2.“優れた”という評価にとどまるグループ

3.プロになれそうもなく、公立学校の音楽教師を目指すグループ

全員に同じ質問をした。

「はじめてバイオリンを手にしたときから、これまで何時間、練習してきましたか?」

学生はだいたい同じ時期、5歳ごろから練習をはじめていた。最初の2、3年はみんな同じくらいで、練習は週に2、3時間。ところが、8歳くらいになると、大きな違いが見られはじめる。

トップクラスの学生たちが、他の誰よりも多く練習に励むようになるのだ。トップクラスの学生は9歳で週に6時間。20歳で週8時間。14歳で週16時間。20歳のころには上手になりたい一心で、強い決意を持って、優に週30時間以上も練習していた。

事実その頃には、トップクラスの学生の総練習時間は、ひとりあたり1万時間に達していた。

“優れた”学生グループの場合は8000時間。

将来の音楽教師グループでは、4000時間を少し上まわる程度。

プロとアマチュアのピアニストについても同じ傾向が見られた。ここで注目すべきなのは、“生まれつきの天才”を見つけられなかったこと。

仲間が黙々と練習に励む、その何分の一かの時間で、楽々とトップの座を楽しむような音楽家はいなかった。

その反対に、他の誰よりも練習するが、トップランクに入る力がないタイプである“ガリ勉屋”も見つからなかった。

調査は、一流の音楽学校に入る実力をもつ学生がトップになれるかなれないかを分けるのは、「熱心に努力するか」どうかによることを示していた。

さらに重要なことに、頂点に立つ人物は他の人より少しか、ときどき熱心に取り組んでいたのではない。圧倒的にたくさんの努力を重ねている。

「調査から浮かびあがるのは、世界レベルの技術に達するにはどんな分野でも、一万時間の練習が必要だということだ」そう述べるのは、神経学者のダニエル・レヴィティン

絶対的な向き合ってる量、時間が違うと

一流芸人のお笑いに対する向き合い量は?他の分野の人達

一流芸人と言われている人達はどれだけお笑いに対して向き合ってきたか

お笑いで天才といわれるダウンタウン松本は?お笑い怪獣さんまは?

松本
小学生の頃の僕はお笑いに夢中だった。友達とコンビを組んで、自分らでネタを作って、ちゃんと立ち稽古までして、修学旅行や学芸会で漫才をしていた。

紳助
あいつ(松本)の場合は、物理学者か何かのように、ノーベル賞でも取ろうとしてるんじゃないかというくらい、純粋に笑いというものを突き詰めていく。

紳助
さんまと松本は、ある面でとてもよく似ている。笑いが好きということにおいて、あいつらはやっぱりすごい。僕の場合、笑いの追求というテーマは人生の一部でしかないが、あいつらの場合、生きている意味の大部分、それこそ九割以上が笑いの追求なのだと感じる。

「哲学」より抜粋

松本の笑いへの向き合い、追求はすごい。笑いに魂を売った男と言われるぐらいだし。潜在意識に刻み込まれているのだろう。もう努力とかじゃなくて、やりたくてやっている。自然と笑いを意識しており、それでセンスが磨かれ続けている。

ここで違う分野の人も取り上げてみる

野球
努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。
イチロー

サッカー
俺なんて全然、天才タイプじゃないし。それで才能がないから諦めろなんて言われたらどんだけの人が一瞬で諦めなきゃあかんねん。
本田圭佑

麻雀
麻雀に必ず勝つって志を立てたんだったら、普段の生き方から改めなきゃな。日頃は自分自身を裏切るような生活をしてて、勝負のときだけ、麻雀のときだけ勝つ側に回るなんて、そんなムシのいい話は絶対にないよ。
雀鬼 桜井章一 ※「雀鬼に訊け」より

将棋
何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。
羽生善治

お笑いは努力していないということはあるが、笑いを意識的に、無意識的にでも考えているとかの違いはあれど、向き合っている時間、一流芸人の意識している時間はすごい。

紳助「努力なんてしていない」「師匠をつけまとった」

『紳助さんすごい努力してますよねーとか言われますけど、努力なんか全然してへんよ。正しい方法を知っているだけだから同じネタの練習を何百回繰り返しても、それを努力だとは思わない。それをやれば成功するって分かっているから苦しいとか思わない』

圧倒的にお笑いに対して向き合ってる量が一般人と桁違い。だが、一流芸人やそれ以外の売れていない芸人もかなりの時間をお笑いについて向き合っている。だが、全員売れるわけではないので、その中から選ばれる。それがプロの世界。でも一般人レベルでお笑いのセンスがある人って、それについて人より意識してきただけ。それは言い換えれば、いつからでもお笑いのセンスを磨ける。

圧倒的努力でプロ級にはなれると思うんです。

By さいきょう ゆき

結論

この本を読んだ上、笑いのセンス、才能について考えたところ、私が思うところは結局

プロや超一流のやつらは

「好機」+「才能」+「向きあい量」

松本人志が笑いの天才としたら、その全てがあったから。

一般レベルの笑いのセンスがあるやつになるならどれか一つ、少しでもありゃ十分

という結論に至った。

「好機」「才能」「向き合い量」を笑いとバスケで比べてみた。【私の体験談】

高校の時、バスケ部では万年補欠だが体育の授業では輝いているクラスメイトがいました。


バスケ部では毎日みんなと同じだけ練習してもずっとBチームにいるやつだったが、クラスの誰よりもバスケの練習をしている分圧倒的に上手かった。


もちろんクラスのみんなは普段からバスケなどしていない初心者状態。「はよパスだせって」「とられたら取り返せよ!」「逆サイ空いてるぞ!もっと周り見ろよ」私はそいつと同じチームの時よく怒られた。

他のやつもそいつの実力について行けず、指導された。得意分野であるバスケの授業のみ無双し輝いているやつでした。

普段の生活の中で友達を笑かしたり、笑かされたり、笑いはバスケの例で例えると、全員強制参加の体育レベルでのバスケはしている状態。

その中で笑いを意識しだしたやつが、どうやったら笑かせるかなど周りより考え、スキルが向上していく。何も考えていない人よりもどんどんおもしろくなっていく。

ここでのバスケと笑いを好機、才能、向き合い量で比べてみた

好機
・バスケの場合
→スラムダンクに憧れた、友達について行ってバスケ部に入った等々、とにかくバスケをやり出したことが好機となる。

・笑いの場合
→ちょっとしたきっかけで笑いについて意識しはじめ、おもしろくなろうとし、センスが磨かれた。親、友達が面白く影響を受けた等々、とにかく笑いを意識しだしたこと好機となる。

才能
・バスケの場合
→元々運動神経やバスケの才能があった。

・笑いの場合
→もともと笑いの才能があった

向き合い量
・バスケの場合
→周りの人より練習して上手くなった。

・笑いの場合
→意識的、無意識的だろうが何だろうが、とにかく周りにいるやつらより笑いと向き合い、笑かすスキルを習得した。

そのどれか1つでもあれば、その分野で周りを出し抜ける。一流は全てある上に選りすぐり。

笑いのセンスを磨こうって思ったことが好機でもある。才能がなくてもスキルを学べば、笑いのセンスは磨ける。べつに芸人を目指しているわけじゃない。

 

 最後に

この内容「天才!成功する人々の法則」の本を参考に、あくまでも私が考えるところを書き綴りました。さんま、たけし、タモリ、紳助、志村けん、ダウンタウン、とんえるず、ナイナイ、ブラマヨ、サンドウィッチマン・・・・

人によって考え方は違います。その時によって考え方は変わります。つまらんやつがおもしろいやつに変わっていた友達を私は知っています。おもしろいやつが生まれつきのセンスだけだとは到底思えません。

 

笑いのセンスは必ず磨ける

by さいきょう ゆき